古墳49 駒塚古墳・調子丸古墳  
   
法隆寺から自転車で少し国道沿いを進んだところにあります。
こちらフェンスに囲まれてるのは駒塚古墳。コメダさんの駐車場のすぐ隣なんですが…。コメダさんって名古屋地区限定かと思ってたらいつの間にか奈良にまで進出を……おそるべしシロノワールパワー。
金網の隙間から頑張って撮ってみた墳丘。全体の形は崩れてしまっててさっぱり分からなかったよ。この駒塚古墳は、斑鳩三塔の法隆寺のページでちらっと紹介した聖徳太子の愛馬、黒駒を葬ったといわれております。聖徳太子が死去したとき、棺に寄り添い皇子が墓に葬られるとともに息絶えたといわれます。
墳形は前方後円墳。正確な規模は不明ですが全長49m以上であったと推測されます。後円部径約34m・高さ約5.5m、前方部幅推定20m以上・高さ約2m、くびれ部幅推定14.5m。葺石が認められています。2段築成とされていますが、後円部は3段築成立った可能性も指摘されています。
埴輪と土師器の破片、墳丘状態から4世紀後半頃の築成と推定されます。このことから黒駒のために造られた可能性はなくなります。すでに存在していた古墳に黒駒を葬った可能性は残るんだそうですが…。
こちらは調子丸古墳。黒駒古墳から100mほど東南にあります。目の前まで行く道が発見できず少し離れたところから撮影してます。
こちらも斑鳩三塔の法隆寺ページで少し紹介した調子丸(調使麻呂)さんの墓との伝承があります。この古墳の築造時期は4〜5世紀とされていますが、調子丸さんは7世紀後半まで存命でした。聖徳太子の舎人で、黒駒の世話をしていたんだそうです。この古墳の北側約5mのところで土馬の頭部が発見されています。馬具やたてがみもリアルに表現され、復元すれば全長は30cmはあっただろうと推測されます。古墳から土馬が発見されるのは珍しいんだって。そうなると黒駒との関係とかやっぱり考えるよね。
どちらの古墳も築造時期と伝承とが大きく異なってはいても、なんとなくその可能性を全部否定できない感じなところが神秘的でいいなあと思います。まさに太古のロマン。
 
2007.11.25